*** 2004年7月3日(土)〜3日目、神様と妖怪行 ***

米子駅境港方面の0番乗り場 8時起床。のろのろと支度をし、10時近くにチェックアウトして米子駅へ。水木しげるの故郷・境港行きの電車がすぐ来るようだったので、食事はせず急いで改札を通る。0番線というのが珍しい一両編成のワンマン電車だ。鬼太郎列車も走っているらしいのだが、残念ながら巡り会えなかった。0番線ホームはすでに妖怪色濃厚で、そこここに一般公募の妖怪芸術作品や鬼太郎ファミリーの立て看板が飾られていた。

境港のねずみ男ブロンズ像 40分ほどで終点の境港へ。百体以上の妖怪オブジェが町を飾る。水木しげるロードを歩き記念館へ。行く道でこの暑い中ご苦労にも練り歩く、鬼太郎・ねずみ男・猫娘の着ぐるみ衆と出会った。ねずみ男がフレンドリーに手を振ってきてくれたので頭を下げたら、丁寧にお辞儀を返してくれた。

境港の一反木綿ブロンズ像 水木しげる記念館はお金のかかったところだなあという印象だった。妖怪紹介の演出がかなり凝っている。
 貴重な著作も読み放題なので、好きな人ならここで一日時間を潰せるだろう。一反木綿ファンのわたしも閉館まで読みふけっていたかったが、泣く泣く短時間で切り上げる。それでも2時間程度はいたかも。

 妖怪たちを眺めて気づくのは、「そういうことをするとこういう妖怪が出てきてこんなことをするから、してはいけないよ」という話の流れが多いこと。たとえば「あかなめ」という妖怪がいる。お風呂が汚れていると、「あかなめ」が出てきて風呂桶をなめるというのだ。「あかなめ」は別に人に危害を加えるわけではないが、かなり奇妙な外観をしているので、暗闇の中で出くわしたら、結構怖いと思う。
 「風呂が汚いと『あかなめ』が出るから、きれいにしないといけないよ」……何という合理的な説明だろう。「風呂は常にきれいにしておかねばならない」とただ言われるだけなら、きれい好きでない人は「何でだよ、別に汚くてもオレは気にしないのに」と納得できないだろう。しかし「あかなめ」を出しておどかされると、文句は言えない。もっとも、今の人なら「『あかなめ』……見てみたい」などと言い出して逆効果なような気もするが。
 そういえば、ヨーロッパにも民間伝承で妖精など人間でない連中が出てくるが、宗教説話は別として、存在理由そのものにこのような教訓を含んでいるものにはあまりお目にかかったことがない。単に勉強不足なだけかもしれないけれど。

目玉のおやじブロンズ像  ところで、数年前にこの地を単身訪れた旅の友によると「妖怪生写真あります」という気になる貼り紙を見たが、店が休みだったという。貼り紙を探したが、妖怪産業は盛んなものの、生写真というのはなかった。
 もしかしたら生写真とは、あの着ぐるみ衆の写真だったのだろうか? ……いや、しかし自分が一緒に写っていなかったら普通買わないだろう。ではブロンズ像の写真か? でもブロンズはなまものっぽくない気がする。うーむ、謎だ。

境港の妖怪広場目玉街灯  この地は良港でもあるので海産物も豊富。少し豪華な海鮮ブランチを食し、米子へ戻った。

 午後は米子から山陰本線の各駅停車で鳥取へ移動。水木しげる関係で時間を取りすぎたため、鳥取に到着したのは5時すぎになってしまった。ホテルに荷物を置いてから砂丘の夕陽が見えるかもと思いバス停に行ってみたが、バスは既に終わっていた。
 「なんやねん」
 「そうだな、今日はのんびりするといい。砂丘も天橋立も逃す気がないのなら、明日はタイヘンなことになるぞ」
鳥取城址公園より市街地を望む  イルカの提案を、神様が同意しつつ翻訳した。そこでわたしは公園として整備されている山城の鳥取城跡に足を向けることにした。高台に上って市街を見下ろしながら、ぼんやりとあれこれ考えごとをした。
 すぐ上の櫓の跡地では、地元の中学生か高校生ぐらいの男女グループが楽しそうに話している。一日が、特に夜が長い時期なんだよな。退屈だから長く感じるというのではなくて。できること、しなくちゃいけないこと、やりたいことが多くて、常に盛りだくさんなのに、それでいて時計の針はゆっくり回ってくれる、不思議な時期。
 今だって年齢相応の大人にはなれていないくせに、やや気取って追憶の眼差しを鳥取の空に向けてみる。

 やがて暗くなってきたので帰ろうとしたが、来たのと違う道で山城を出ようとしたところ、随所で工事中の看板に行く手を阻まれ、しばらくうろうろしてしまった。
 「のんびりしろって言ったくせに。どうして道に迷うんですか、余計に汗かいちゃいましたよ」
 そもそも方向音痴かつ地図を見ない自分に非はあるのだが、とりあえず神様のせいにして不平を述べると、神様は動じることなく笑った。
 「なに、この地には駅前に天然温泉があるのだ。先ほどボロいホテルが銭湯のタダ券をくれたではないか、あのホテルの狭い風呂で横着しようとしないで、行って汗を流すと良かろう」
 ボロいといっても、出雲にある竣工:太古の神様ハウスほど年代物ではないと思うのだが。
 わたしはホテルに戻ると、米子で買ったパンを食べてから温泉銭湯へ行った。くだんの銭湯もまたかなりのご老体だったが、なんといっても温泉である。体ものばせたし気持ち良かった。

 鳥取駅前の目抜き通りは土曜市なるものを催しており、屋台が並んでいた。そこここに七夕の笹が飾られ、通行人が自由に短冊に願い事を書いてぶらさげられるようになっている。
 旅の恥はかきすてということで何か書いてみようかとも思い、願い事を考えた。が、頭の中は真っ白だった。
 うーん、何て無欲なわたし。
 「出雲でこれでもかというほど願い事をしまくったくせに、何が無欲だ」
 「なんやねん」
 背中の二人組が何かつぶやいていたが、その言葉は川風に乗って彼方へと流れ、わたしの耳には届かなかった。

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